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介護は人生の最終章を彩る!このブログは、介護にまつわるいろんな悩みを様々な切り口で捉えて解決に導く『介護の道しるべ』ブログです!

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介護は人生の最終章を彩る!

 

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認知症でも家族のことを忘れない対応とは?


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どうも、YO-PRINCE です。

 

Twitterで『#介護にまつわる小さな引き出し』でツイートした内容について記事を書く《介護のタンス》シリーズです。

 

今回はこちら↓

 

 

 

 

認知症になると家族を忘れるのか?

認知症になったら、やがて家族のことも忘れていく。。。

 

本当にそうなんでしょうか?

 

認知症を患った利用者さんの家族から『もう家族のこともわからんみたいです』。。。

 

そんな悲しい言葉を聞かされることがたびたびあります。

 

そうした言葉を聞いたとき私はこう答えるようにしています。

 

「きっと何かは感じておられると思います・・・。」

 

記憶という点で見れば、家族を忘れるということは十分ありうることです。

 

でも、人間というものは不思議なもので・・・

 

「何も分からない状態のはずのお母さんが私をみて涙を流してくれた・・・」

 

「私のことを忘れてしまったはずのお父さんが、私を見て一回だけ名前を呼んでくれた・・・」

 

そんなエピソードを聞かれたことがあると思います。

 

科学的根拠は一切ない話ですが、認知症になっても長く過ごしてきた家族という存在を何か感じておられるんじゃないかと思うわけです。

 

これは完全に精神論なので、精神論が理解できるご家族には救いとなると思いますが、そうでなければ戯言と言われても仕方ありませんよね(^_^;)

 

記憶の種類から考える

記憶には三種類あります。

 

「意味記憶」「エピソード記憶」「手続き記憶」。

 

まず「意味記憶」というのは、言葉の意味の記憶のことで、家族の名前や子どもが男か女かといった記憶のこと。

 

「意味記憶」は認知症の進行のなかで最初に失っていく記憶と言われているので、家族の名前が出てこない、家族の顔が分からないといったことはいずれ訪れてしまうのです。

 

次に「エピソード記憶」は、一言で言えば思い出のことで、子供の時の出来事や結婚したころの出来事の記憶。

 

「エピソード記憶」もまた早くに失われてく記憶と言われていて、昔のことを「思い出せない」という症状が現れます。

 

認知症は最近のことから忘れていくとよく言われますが、これについては「覚えられない」と捉えたほうがよいと学んだことがあります。

 

もともとお年寄りは、昔のことをよく覚えておられ、最近のことはあまり覚えておられないと思います。

 

最近のことは「覚えておられない」だけで、昔のことは「覚えている」。

 

なので、「思い出せる」うちは「覚えている」昔のことはちゃんと話せるということです。

 

ここで疑問??

 

なぜ、お年寄りは昔のことを事細かによく覚えているのでしょうか?

 

私なんかは子どもの頃の記憶はあいまいです(^_^;)

 

これは私の独自の解釈ですが、昔は不便な時代で印象に残ることが多かったからしっかり覚えておられるんだと思うんです。

 

利用者さんに聞いていたら結構すごいエピソード多いですもんね(^_^;)

 

戦時の話などは、衝撃的な話ばかりです。

 

とにもかくにも、「意味記憶」も「エピソード記憶」も早い段階で忘れてしまいます。

 

「手続き記憶」はどうでしょうか?

 

「手続き記憶」は、仕事の手順などの記憶のことで、車の運転等も含まれます。

 

「手続き記憶」は比較的遅くまで残っていると言われていますが、「意味記憶」が失われているといろんな障害が出てきてしまいますよね・・・。

 

家事で言えば、どこに物があるが分からない・・・。

 

運転であれば、ここがどこか分からない・・・。

 

そのあたりは、今回の記事には関係ないのでまたの機会に書くことにするとして、「家族を忘れない」根拠に関係する「意味記憶」と「エピソード記億」は早くに失われていくということから、認知症になったら家族のことは忘れてしまうという結論になってしまいます(T_T)

 

感情記憶があれば家族のことは忘れない?

認知症の記憶を語る上で、上にあげた三つの記憶とは別の記憶として「感情の記憶」というものがあります。

 

「感情の記憶」は認知症になっても最後まで残ることが多いというものです!

 

例えば、職員Aさんにひどく怒られた認知症のBさんがいたとします。

 

Bさんは怒られた内容は覚えてないのですが、Aさんに怒られた時の感情を憶えていて、しばらく不穏症状が続くというケースがありますね。

 

これが「感情の記憶」です。

 

そして、介護の仕事をしているとこんな場面に遭遇します。

 

私が認知症の利用者さんにとって安心できる存在になっていたら・・・

 

👵あんたか?

 

その瞬間は利用者さんにとって、私は家族のような存在になれるのです。

 

これが、記事の冒頭にある「#介護にまつわる小さな引き出し」のツイートの意味です。

 

では、感情の記憶があれば家族のことは忘れないのかという疑問についての答えは・・・

 

家族が「安心できる存在」でいつづけることができたら、家族は「家族のような存在」でいつづけることができる。

 

認知症の方が、家族を「家族」と認識できるようにすることは可能なのかなと思うわけです。

 

偽りであっても、家族は満たされるのではないかなと思います。

 

虐待からの解放で家族は「安心できる存在」に戻れる!

認知症の方は、「安心できる存在」の人を「家族」と認識することが多くあります。

 

ここで疑問?

 

家族が「安心できる存在」でない家族関係の場合でも、「安心できる存在」の人を「家族」と認識できるんでしょうか?

 

介護を通じて、子から虐待を受けていたり、夫から暴力を振るわれていたりする場合です。

 

家族関係が悪くなっていても、最近のことは「覚えられない」ので、大丈夫だと思います。

 

「家族」は「安心できる存在」という認識は変わらないと思います。

 

在宅介護をするなかで介護者の夫が認知症の妻に暴力を振るってしまったとしても、まだやり直しができるということです。

 

「感情の記憶」がしばらく残り不穏な状態が続くかもしれませんが、「安心できる存在」になれるような関わりをしていれば「感情の記憶」は上書きされていくはずですから。

 

認知症の家族を在宅で介護することは、どうしても苛立ちが募ります。

 

その苛立ちがどうしようもなくなってしまったときは、私は距離を置くべきだと思います。

 

施設に入居することも悪いことではありません。

 

施設への入居を勧めるケースも多々あります。

 

認知症の方が家族を家族と思えるようにしてあげるためにも・・・。

 

家族が家族でいつづけるためにも・・・。

 

まとめ(認知症をテーマにした映画で準備する)

認知症になっても家族のことを忘れない方法があるのか?

 

私のなかでは、その答えは「ある」だと思っています。

 

そんなことが感じられる有名な映画を二つご紹介しておきますね。

 

明日の記憶 [DVD]

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私の頭の中の消しゴム [DVD]

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いつか来るかもしれない家族の介護。

 

こういった映画を見ることも準備の一つと思いますよ(^_^)

 

最後に。

 

科学的根拠の追求はしておきたいところではありますが、私は『認知症でわからなくなっても家族のことを第六感として家族だと分かっておられるように思えてならない』タイプの人間です。

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