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介護目標の数値化と見える化でやりがい&いきがいアップする方法!

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どうも、ヨウ-P(@s_y_prince)ことYO-PRINCEです!
いろんな切り口からカイゴのヒントをお届けしています!

『介護のAtoZ!』シリーズです。

今回は介護の『G』で、Goal(目標)です。

どの仕事においても言えることですが、仕事はどこまで質を追求するべきなのでしょうか?

とりわけ介護の仕事においてはこのサービスの質の追求の線引きが難しいんです…。

だからと言って、介護の目標をあいまいにしておくと、介護に当たるチームのメンバーは何に向かって頑張っているのか分からず、ただ単に大変な介護をしているだけに終わってしまいます。

では、あいまいになりがちな介護の「目標」をどのように設定していけばよいのでしょうか??

介護の目標は見えにくい?

「教育」であれば成績アップや志望校合格が目標となり、「医療」であれば病気を治すことが目標となります。

具体的な目標が見えて分かりやすいですよね。

そして、目標に向かってすべきことも分かりやすいですよね

「教育」であれば勉強を教えればいいし、「医療」であれば治療や訓練をすればいいわけです。

「介護」は、仮に目標設定ができたとしても、何をすべきかが明確になりにくく、とりあえず生活してもらうために必要な介護を施すことで時間が過ぎていくことがあります。

憲法第25条の「最低限度の生活」を保障するのが精一杯だったりして…。

仮に「最低限度の生活」が目標であったとして、「最低限度」ってどこにあるのかというも見えにくい…。

お風呂は週何回が標準?
シャワーだけでも十分?

 

食事は三食食べるのは最低限度?
ハンバーグはぜいたく?

何が「最低限度の生活」なのかは、きっと人それぞれ捉え方が違うことでしょう。

「最低限度の生活」ぐらいが共通認識としておきたいところですが、いずれにせよ介護の目標はそこにあるわけではありません。

「その人らしい生活」を取り戻してあげることにこそが介護の目標です。

「その人らしい生活」を目指す!?

「その人らしさ」って??

旅行が大好きだから旅行させる?

焼き肉大好きだから毎日焼き肉?

家でだらだらするのが好きだから外は出ない?

やっぱり目標が見えにくいですね…。

そんな目標が見えにくい介護ですが、まずはどこまで介護の質をあげていけばいいのかを考えてみたいと思います。

そのためには、介護現場の現状を知ることから始めます。

身の丈に合った目標にしないと「絵に描いた餅」になってしまいますから…。

ちなみに「その人らしさ」についての私の考え方はこちらの記事です↓

マズローの欲求5段階説で考える介護現場の“いま”

以前の記事でも触れましたが、どこまで質を上げていくかについてはマズローの欲求5段階説で考えると分かりやすいです。

①生理的欲求
⇒人の生命維持に関わる欲求。食べる、寝る等。

②安全の欲求
⇒①がある程度満たされるとあらわれる安全の欲求。

③所属と愛の欲求
⇒①②が満たされるとあらわれる、家族や友人、仲間を求め、愛情深く周囲から迎えられたい欲求。

④承認の欲求
⇒①②③が満たされるとあらわれる、自分を認めたい、周囲から認められたい欲求。

⑤自己実現の欲求
⇒最終的にあらわれる、より一層自分らしくありたい欲求。

憲法25条をベースに考えると、最低②安全の欲求が満たせるようにしないといけないわけですが、これがまた難しいわけです。

介護業界の実態は、無資格・未経験の人間が容易に飛び込める業界で、他の業界よりも多種多様な人材が集まっていると言えます。

人材不足が深刻な中で、優秀な人材のみ雇用するというのは無理な話なわけですが、介護というのはかなり高度な仕事で、誰でもできるわけではありません。

介護を知らない人たちが言う「オムツ交換とか認知症の人とか対応するん大変やなぁ」に介護の仕事の大変さや難しさがあるのではなく、前述した“目標の見えにくさ”にこそ介護の仕事の大変さや難しさがあるのです。

目標の見えにくい仕事に“やりがい”を見出すのって難しいと思いませんか?

毎日オムツ交換に追われて何やってんだろう…。

今日も1日何してたかわからんうちに終わったなぁ…。

そんな仕事にしてはいけない仕事なんです!

自分が介護される側になったら「今日もオムツ交換で1日終わったなぁ。」って毎日なんてイヤですよね?

その人らしい生活にこそ目標がある仕事なのです。

そんな高度な仕事をしている介護ですが、最近では外国人労働者に頼るしかなく、さらにはロボットに頼るしかないと言っています(-_-;)

さらには経営難に陥っている介護施設が増えてきており、人材やロボットに使えるお金も限られている・・・。

そんな実態のなかで、②安全の欲求を満たさないといけない介護施設は相当な企業努力をしていかなければいけないということです。

介護現場の”いま”をまとめると…
  • 安全欲求を満たすことさえままならない。
  • 目標が見えにくい仕事でやりがいが見出しにくい
  • 人材難で、外国人労働者やロボットに頼らざるを得ない
  • 経営難でお金がない

これだけ見ると悲惨ですね(-_-;)

まぁ誰しもネガティブの方に目が向きやすいものですし、ネガティブな面を見ることはとても大切なことです。

ネガティブがスタートでいいんです!

そこから何ができるか!

そこを考えていきましょう。

日常にこそやりがいがある!

そんな介護現場ですが、それでもやりがいのある仕事だと私は感じています。

それは、安全に過ごしてもらおうということですでに創意工夫があるからです。

平成12年4月に介護保険制度がスタートしたとき、介護保険施設指定基準に身体拘束の禁止規定が盛り込まれて以降、介護現場は工夫をし始めました。

ベッドからの転落防止のためベッド柵で囲まなくなった。

車イスからの転落防止のため車イスに縛り付けなくなった。

そうした工夫で当時事故が増えたかというと、拘束して放置してしまっていたほうが大きな事故につながることが多く、身体拘束廃止したからといって事故が増えるわけではありませんでした。

私の勤めていた施設では逆に事故は減りましたから( ・`д・´)

拘束しちゃうと、職員に「これで安心」という気持ちが生まれ、危険への意識が薄れてしまいます。

拘束していないと、職員に危険への意識が高まることは当然のことですが、何より拘束しない工夫、言い換えれば自由にしてもらう工夫をすることで利用者さんに安心を与えることができます。

利用者さんの「安心」が生まれると、不穏症状がなくなるなどして「安全」へとつながります。

そんなふうにして「安全欲求」を満たすことは、実は利用者さんの「安心」につながるのです。

「安全欲求」を満たすという言葉だけを見ると、ただただ安全重視のようなケアのように聞こえますが、実はそうではないのです。

ベッドでの拘束をなくして、排泄パターンをつかんで適切な時間にトイレ誘導をして安心して眠れる。

車イスでの拘束をなくして、集中できるレクを考えて立ち上がりをなくし、利用者さんの生きがいを見出すことにつなげる。

「安全欲求」を満たそうとすることで、すでに私たちは創意工夫をし「その人らしい」生活へとつなげている!

そんな「安全欲求」に追われる日常のなかに、すでに「やりがい」を見出せる仕事なわけです。

目標を見える化して行動へとつなげる

「安全欲求」だけ見ても、「安全」にだけ目標があるわけではないことが見えてきたと思います。

私たちはどうしても一つの大きなことに目を向けてしまい、そこに付随した実は大きなことを見逃していることが多くあります。

安全欲求に振り回されるというネガティブな側面だけでなく、利用者さんの思いに沿ったケアをして安心欲求を満たしているというポジティブな側面にも目を向けてもらえるようにチームのリーダーは語らないといけないと思っています。

そうすると真の「目標」が見えてくるものです。

ポジティブな面が見えてくると、人は行動を起こすことができます。

最初はネガティブな面しか見えていないイヤイヤながらの仕事でもいいんです。

やっているうちに見えているはずのポジティブな側面にチームのリーダーが皆に気付いてもらえるように語ればいいんです。

まぁチームリーダーでなくても、気づいた職員が語っても構いません。

そうやって、ポジティブな目標が見える化されていきます。

すると、イヤイヤではない具体的な目標に向かった行動が引き出していけるのです。

長期・中期・短期目標の捉え方で継続可能なケアをする

ポジティブな側面に目を向けることができ目標が具体化されたら、すぐ行動!

・・・かと言うと、それは危険です。

たとえそれがいいケアであってもいったん立ち止まるべきです。

とりあえずやってみるというお試しのスタンスならやってみるべきだと思いますが、その後にしっかり立ち止まる時間を作るべきなのです。

なぜかと言うと、やるべきだという勢いで取り組むと質を上げすぎる危険があるからです。

今は気持ちがあるから皆その目標に向かってやっているかもしれないけど、勢いだけの取り組みが継続していけるかどうかを考える必要があります。

利用者さんは今の介護であり生活が当たり前になっていきます。

質の上がったケアが当たり前になると、それができなくなったときにどうなるか?

前はあれだけしてくれたのに…。

不満や苦情につながります。

だから継続可能なケアがどうかの議論は必要なのです。

今これだけのことをやってしまうと多分後が続かないですよ!

まずはこの程度からやってみるか!

3ヶ月後にもう1回話し合いましょうよ!

1年後にはここまでできるようにはしたいな!

そんなふうに議論し、未来の姿も描きながら継続可能なケアの目標をしっかりと見える化していきましょう!

総合的満足度で高得点を目指すケアへの転換

チーム内で議論を重ね、排泄ケアにおいて、継続可能なケアの目標を決めたとします。

介護は24時間365日続くもので、排泄ケアだけが介護ではありません。

排泄ケアに80%を注いでしまって、食事や入浴の質が10%程度だったらどうでしょう?

排泄ケアには満足しても、食事や入浴に不満が大きくなり、結果として不満ばかり言われてしまうなんてことがあります。

私なら80%まで高めてしまった排泄ケアの質を50%まで落として、食事や入浴の質を高めることに力を注ぎます。

どうやって質を落とすのかと言うと、「落とせる質」の部分があるはずなので、そこに着目します。

例えば、夜間の排泄ケアが分かりやすいです。

毎回失禁がないようにオムツ交換をするのではなく、一回の失禁は大きな問題がなければあきらめてしまうんです。

そうすることで睡眠時間が確保できて昼間の時間の質が高まったなんてこともあります。

排泄の質と睡眠の質を天秤にかけてケアを決めます。

もちろんそれだけではなくいろんなことを天秤にかけてケアを決めるんです。

そんなことを書いた記事がこちらです↓

すべての高い質を求めようとしても介護現場の時間は限られてますし、職員の数も限られています。

そうやって、排泄40点、食事30点、入浴30点・・・だけど、総合得点では90点になったみたいなケアを目指せばいいと思います。

まとめ(介護士のやりがいアップ⇒利用者の生きがいアップ)

仕事というものは、はっきりとした結果が見えるほうが「やりがい」があるものですが、介護の仕事ではっきりとした結果を求めることは難しいです。

だからある部分で頑張りすぎていたり、手を抜きすぎていたりしてしまいます。

介護の目標を少しでも見えるようにするなら、今私たちがしているケアをグラフ化するのも面白いかもしれません。

こんな感じで見える化して話し合ってみるとか…(^_^;)

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そして、未来も見据えて継続できるケアをするということが大事なので、最初から質を上げ過ぎずに、継続できる方法をイメージしながら取り組むと確実に質を高めていけるかもしれません。

そんなのん気なことを言ってられない、今が大事!

…という方もおられるかもしれませんが、一時的なケアであればそれはやってもいいと思います。

ですが、介護はいつまで続くか分からない不安がつきまとうものです。

介護の目標が職員の負担にならないようにするためにも、この流れの大切さを感じてもらえたらと思います。

ネガティブも見方を変えればポジティブになれる

ココに書いた思考が当たり前になれば、ケアがどんどんよくなるはずです!

そうすれば介護士のやりがいアップ

利用者さんの生きがいアップです!

「その人らしさ」も見えてきて、知らず知らずに「その人らしさ」が支援できるチームへと変化しているはずなのです!

では、次回の「介護のAtoZ!」では、介護の「H」、Harassment(ハラスメント)で介護のこだわりを記事にしたいと思います。

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