すべての道は介護に通ず【CARE❌all things】

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【ケアの標準化の壁】ケアの統一を嫌がる理由とは?

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どうも、YO-PRINCEです。

 

介護は臨機応変に対応する必要がある場面が多いですが、職員の臨機応変な対応で利用者さんに混乱が生じることもまた多いものです。

 

臨機応変と言っても、人それぞれ捉え方が違えば対応も当然変わってきますよね。

 

「あの人はこうしてくれるのに、あの人はしてくれない。」

「あの人だけやり方が違う。」

 

・・・なんてことを言われ、ときには苦情につながってしまいます。

 

となると、「ケアの統一」「ケアの標準化」の必要性が見えてくるわけですが、一つのことを決めるのもなかなか厄介な作業なんですよね(-_-;)

 

今回は、そんなときどうやってケアを決めて取り組んでいくかという話をします。

 

先に答えから↓

 

というわけで、このツイートについて解説していきたいと思います。

 

今回の記事では、まずは「ケアを決める」ことを嫌がる人たちの気持ちを考えてみたいと思います。

 

 

△利用者の状態は日々異なるから決めたって無駄!

「どんなときもあるから臨機応変にしたらよいやん?」

 

これは良く耳にする理由ですね。

 

利用者は、その時々の体調や気分において状態が異なることは当然のことです。

 

ごもっともな言い分で言い返す言葉も見つからなくなってしまいそうですが、実際は毎日状態が変わるなんてことはまずなくて、おおむね状態は安定していることが多いんです。

 

時々の状態変化を捉えてあたかも良く状態が変わるような言い回しになっているだけのことで、『状態が違うときの対応は臨機応変でよいんで、いつもの状態の時の対応を決めましょう。』という返答でよい話なんです。

 

なので、この言い分については「状態がいつもと違うときは臨機応変」という考え方でひとまずよいと思います。

×決められたことしかできなくなる!

「いちいち決めてたら、決めたことしかできなくなる!」

 

これも一見ごもっともな意見に聞こえますが、なかなか言い返す言葉が見つからず困る言い分です。

 

介護において臨機応変に対応する力は確かに求められます。

 

その力を育てていく必要があることも確かです。

 

なぜなら、前述のとおり「状態がいつもと違うときは臨機応変」に対応する必要があるからです。

 

いろんな状態のときのいろんな対応をすべて決めるなんてことは現実的ではないですし、臨機応変に対応する力はやっぱり必要です。

 

では、決めたことをさせていたら本当に臨機応変な対応が出来るのでしょうか?

 

確かに、決めたことをさせるだけでは決めたことしかできなくなるかもしれません。

 

大事なのはそう決めた理由です。

 

決めたことを「◯◯だから△△する」と理由も含めて決めていけば、決めたことをすることに常に根拠が生まれます。

 

そうすれば、ただ単に決めたことをするにはならないはずです。

 

それは、「決められた介護」ではなく「根拠ある介護」です。

 

臨機応変な対応というのは、「◯◯といういつもと違う状態だったから、△△の対応をした」というふうに何か根拠をもって臨機応変な対応をするもので、根拠がつきまといます。

 

根拠ある介護をする経験を重ねていれば、根拠のある臨機応変な対応ができることにつながるのです。

 

根拠のある介護を決めて、根拠のある介護を続け、その結果得られた成果から根拠が明確なものに変わっていくことを積み重ね、根拠をもって臨機応変な対応ができるようになるわけです!

 

なので、もし「いちいち決めてたら、決めたことしかできなくなる!」なんてことを言われたら、「根拠のある介護で成功体験につなげ常に根拠を考えられる力を養っていくことこそが臨機応変に対応する力を育てられるんだ!」と言い放ちましょう!

 

◯自分の中にない引き出しのケアを決められてもできない!

「臨機応変にしたらよいやん?」と言われる人たちの心のうちには、「自分のやりたいようにできなくなる」という思いが潜んでいることがあります。

 

「自分のやりたいようにできない」って言い分は、自己中心的だと思われてしまうのでなかなか言えないですよね(^_^;)

 

でも、本当はみんな自分のやりたいやり方で介護をしたいのが本音だと思うんです。

 

「自分のやりたいようにできない」は極めて正直な思いだと思います。

 

自分の中にない引き出しで介護をするのは実は難しいということは多くの介護士が知っていますよね。

 

「その声かけは、私にはキャラ的にできんわ~。」

「そんな介助方法は私の体格では無理やで~。」

「難しいことはよーせんで~。そんな技術ないし~。」

 

それぞれに「できない」理由はあると思います。

 

「そんなん言うてたら何もできんやん・・・。」って言いたくなりそうですが、実はそれぞれの言い分はごもっともなことばかりなのです。

 

こうしたごもっともな言い分を無視してケアを決めようとしても、いい結果は得られません。

 

なぜなら、納得できていない「できない」ケアはできるわけもなく、結局やろうともしないからです。

 

結果残るのは職員の不満だけ・・・(-_-;)

 

職員が決めたことを「できない」理由がちゃんとあるのなら、その本音をしっかりと受け止める!

 

そこから「ケアの標準化」はスタートするのです。

まとめ

なかなか「統一」「標準化」といった作業が難しい介護。

 

それを難しくしているのは、その難しさだけではなく、「統一」や「標準化」を嫌がる介護士がいると言うことが背景にあります。

 

そして、そうした人たちの本音には、「決められても自分にはできない」という思いが潜んでいることがあります。

 

誰だって自分にとってやりやすい介護をしたいものなので、それは全介護士の本音かもしれません。

 

そうすると、「統一」や「標準化」を嫌がる介護士の思いを共有することは簡単なことで、そこが「ケアの標準化」のスタート地点なのです。

 

そのうえで次はケアの標準化を目指す理由をちゃんと伝えていくことが必要となってきます。

 

次回は、「ケアの標準化」が必要な理由と冒頭ツイートの対応の意図について書きたいと思います。

 

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